阿武山観測所をサイエンスミュージアムとして見たとき、その一番の特徴として、観測所そのものが最先端の研究の拠点となっていることを挙げることができます。ここでは、阿武山観測所を拠点の一つとして進められている、「満点計画」についてご紹介します。

満点計画ー次世代型稠密地震観測網

概要

ものごとの真の姿を明らかにする上で、それに関するデータの質と量は本質的に重要です。例えば、医学分野において、CT(Computerized Tomography)による身体の「断層」写真はガンの早期発見などに大活躍しています。ところが、地震に関する分野においては、これまでは十分なデータを得ることができませんでした。そのため、地震学における「断層」写真(Seismic Tomography)は、現在のところ、内陸地震の震源断層を診断できるだけの精度や分解能を持っていません。そこで、我々は、地中をCTで見るように、地震データの量と質を飛躍的に高めようと、多点で高精度かつ容易に地震を観測できる安価な新しい地震観測システムを開発しました。これによって、原理的には従来の観測とは桁違いの観測網を構築することが可能になり、地震観測の一つの理想像に近づくこのシステムを「満点システム」と名付けました。またこのシステムを活用して、特定エリアにおける観測点数を飛躍的に増やす、次世代型の稠密地震観測を進める研究・計画を平成18(2006)年頃から始めています。これまでとは桁違いに観測点数を増やそうとするこの試み全般や、その背景にある哲学や思想を「満点計画」と呼び、取り組みを進めています。

※「満点計画」は、個別の具体的研究プロジェクトに対応するものではありません。

目的

南海トラフの巨大地震発生の前後には、西南日本の内陸における地震活動が活発化することが知られています。昭和の東南海・南海道地震の前後にも、昭和2(1927)年北丹後地震、昭和18(1943)年鳥取地震や昭和23(1948)年福井地震など、日本海沿岸で大地震が発生しています。では今後、西南日本のどこで、内陸大地震が発生するのでしょうか?大地震が差し迫っているかどうかは、現在は、個々の断層の活動の歴史から評価されていますが、その方法では、いつどこで発生するのかの予測としてはごく曖昧なものにすぎません。地震は、断層をずらそうとする力が、断層の強度を超えると発生します。そのため、大地震の発生を予測するためには、どこに断層があるのか、その断層の強度はどれくらいか、その断層にどのような力がはたらいているかということを知ることが重要と考えられます。しかしながら、断層の強度や断層に働く力の大きさのことは現在の研究ではまだほとんど分かっていないというのが実情です。

「満点計画」の主な目的の一つは、断層に働く力や断層の強度の大きさを明らかにすることで、これらが解明されると、ある断層において大地震が差し迫っているかどうかを、より直接的に評価することが可能となりますが、これはかなり困難な課題です。地殻深部でどのような力が働いているかを推定するためには、地震の波形を多数の点で観測する必要があります(※下図参照)。現在の定常的な地震観測網では20~30kmおきに地震計が設置されていますが、これでは全く足りません。「満点計画」では、1kmおき程度に地震計を配置することを目指しています。

「満点計画」のもう一つの主な目的は、地下の構造を詳細に明らかにすることです。近年、内陸地震の発生には、断層直下の「やわらかい」領域が重要な役割を果たしていることが分かってきました。1kmおきの地震観測網により、「やわらかい」領域の位置や拡がりを推定することが可能となり、内陸大地震が発生する場所の推定に役立つと期待されます。

地震計を多数配置することにより、地下の様子を、これまでとは比べものにならないくらいに詳細に推定したい。これが「満点システム」による観測が目指すところです。

参考資料

満点システム

概要

「満点システム」は、多点で簡単かつ高精度に地震を観測するために開発した地震観測システムの名称です。地面の動きを電気信号に変換する地震計とその信号を記録する装置などで成り立っています。平成20(2008)年、京都大学防災研究所が中心となって地震や火山観測などの関係者や関西の中小企業等の共同で開発しました。地震計と記録装置の双方を同時に開発することで、システムとして使い勝手が良いものとなっています。観測点の密度を飛躍的に上げるためには、人里離れた道路のない山中などにも観測点を多く作ることが必要になり、そのような場所には通常は商用電源や通信設備がありません。装置をバッテリーや電池などで駆動し、データはCFカードなどの記録媒体に現地収録することになります。また、積雪のある地方では、雪に埋もれる冬季にはメンテナンスに行けないため、少なくとも半年間は記録をとり続ける仕様が必要になります。平成20(2008)年以前は、このような仕様を満たす装置は存在しませんでした。また、既存の装置は、大きく重く、取り扱いも簡単ではないため、多点で長期間の観測を行うことはほとんど不可能でした。「満点システム」はこうした課題を克服するシステムとして設計、開発されました。

手のひらに乗るサイズの世界最小級の地震計をはじめとするシステム全体は、小型軽量で取扱いが容易で、たいてい1時間未満の作業で設置できます。一度セットすると、高品質の地震データを長期間安定して記録でき、装置1セットあたりの価格も、これまでのシステムに比べて安価にすることができました。現在、このシステムを用いて、特定のエリアにおける観測点を飛躍的に増やした観測・研究がはじめられており、さまざまな成果を出しています。


観測点の例。地震計は岩盤上に固定、右のケース中に記録装置と電池ケース。
設置完了時の様子。ケースは雨水や温度変化から保護するカバーで被覆。
ニュージーランドの牧場での観測点設置風景(地主家族に説明中)。

【開発メンバー】京都大学防災研究所、株式会社近計システム、サイスモテック株式会社、日本科学冶金株式会社、株式会社エス・ジー・ケイ、京都電測株式会社、九州大学理学研究院、京都大学理学研究科、総合人間科学研究科

【謝辞】平成18年度京都大学総長裁量経費「超多点フィールド計測システムの開発」、平成19年度防災研究所特別事業費「次世代型地震観測システムの開発」等のサポートをいただきました。

構成機器

「満点システム」は、多点で簡単かつ高精度に地震を観測するために開発した地震観測システムの名称です。「小型軽量地震計」、「低消費電力記録装置」、「電源バッテリー」、「GPS捕捉装置」で構成されています。

【小型軽量地震計】速度型地震センサ(KVSー300)

3成分一体型の2Hz速度型地震計です。1辺約10cmの立方体で重量は約1.5kgと、このタイプの地震計としては、世界最小・最軽量です。小型のハードディスク用モーターなどに活用されている、磁性体の粉末焼結の技術を活用して、小型高性能の磁石とコイルのシステムを構築することにより、小型軽量化を達成しました(特許登録 第4847485号)。また、傾いた岩盤上にも容易に設置出来るように、可動式の足を工夫しています。京都大学と株式会社近計システムが中心となり共同開発しました。

【低消費電力記録装置】稠密地震観測用データロガー(EDRーX7000)

4GBのCFカードを6枚装着することで、約9ヶ月間連続して記録出来るデータ記録装置です(250Hzサンプリング)。徹底した低消費電力化が計られている点が特徴で、単1電池8本で2ヶ月以上駆動し、0.08W以下という値は、既存の同等の装置の半分程度です。内部時計の水晶発振子を個別の特性に合わせて適切に電圧制御する新しい手法により、低消費電力にも関わらず1msという高い時刻精度を確保しています(特許登録 第4950922号)。過酷な条件の野外で用いられるため、コネクタも含めて防水構造となっています。設置やメンテナンスに要する時間を短くするため、各種のパラメータ設定は記録媒体のCFカードから読み込むことや、地震計を含めてセルフチェック機能を持つなどの工夫がなされています。京都大学と株式会社近計システムが中心となり共同開発しました。

【電源バッテリー】

データロガーを動かすための電源。単1電池24本をセットし、約半年、動かすことが出来ます。

【GPS捕捉装置】

地震計が設置されている場所の正確な位置を調べて、正確な時刻を記録します。

小型軽量地震計(KVSー300)
低消費電力記録装置(EDRーX7000)

『KVSー300』カタログ

『EDRーX7000)』カタログ

『満点システム』個別観測網

概要

平成27(2015)年末時点で、国内外で4エリアにおいて、満点システムを用いた個別の研究(プロジェクト)が進められています。これらの研究が設置する満点システムによる観測点は、合計288点となっています。下記に、各観測網の地域との観測点分布を示します。より詳しくは対応するHPをご覧下さい。各プロジェクトは、地震観測計画として共通していますが、それぞれのプロジェクトには固有の目的等があります。

近畿地方中北部(88点)

山陰地方地震帯(130点)

長野県西部地域(25点+28点(10kHz))

ニュージーランド南島(45点)